千姫のひとりごと

千姫の日々の気づきや想いを「ひとりごと」として綴っています。目に留めて頂ければ、これも何かのご縁・・・

色の記憶

春に父が亡くなってから
最近になって
母も体調を崩し頼りない

今年になって
絵を描く機会が増えたせいか
私も今まで忘れていた事などを含め
過去のことを思い出すことも増えた

9月の研究会でのこと

H先生の私へのお言葉

『ずーっと以前から不思議な色使いをするよね』


自分のなかに
―不思議―という
ひとつのワードが残った

自宅に戻ってから
そのことを母に言うと

『そういえば土曜大学に行っていた頃 G田先生にも 
 変わった色使いをするから先生について勉強したら?
 そう言われたって あんた言ってたわ』

すっかり忘れていたことを母に思い出させてもらった


私が中学2年生の頃
実家のあったY町に当時としては画期的な
老人や一般町民を対象にしたカルチャー教室が開校した

土曜日に開かれたので土曜大学
別名 老人大学

私はその中に絵画教室があるのを知り
中学生でも入れるかを調べてもらい
半年くらい通った記憶がある

今から思えば
中学生はないやろ?って笑ってしまうけど
その時に教えてもらったG田先生

その後
教育長になられてお辞めになったが
私が今所属している絵画団体におられたとか

縁があったんだ

ところで
なんで土曜大学に行ったのだろう?

記憶をさかのぼる


そうだった
中学一年生の時

郊外写生会で
地元の神社へスケッチに行った

今もその時描いたスケッチの記憶が
ありありと残っている

本殿を正面から描いた

思い出してハッとしたが

群青一色の濃淡で描いたんだ

なぜだったのだろう

あっ

中央に下がる鈴緒だけ
赤と白で描いたっけ?


それを後ろから
I先生が覗きこんで

『達者や・・な・・』

そう言って通り過ぎて行かれた


その一言 で
私はもっと絵を描きたくなったんだと思う


ところで
いつ頃から絵に興味を持つようになった?


小学3年生?


それは
急に目に飛び込んできたんだ


新聞の大きく広告が出ていた

サンパウロ美術館展』

そこに載っていたのが
ルノアールの『麦束を持つ少女』

もちろん私は
ルノアールのことなんて知らなかった

けど衝撃的だった

日ごろ
無理なおねだりなんてしなかった私が
その時だけは母にねだったと思う

母はちゃんと連れて行ってくれたのよね

心斎橋の松坂屋

今思えば大変なことだったと思う

なにしろ三ノ宮まで出るのに
当時はバスで
2時間以上かかっていたのだから

心斎橋なんて
よく辿り着いたものだ

そこで
初めて出会った本物のルノアールの絵

動けなかった

あの時から私は
色の夢を見続けているのだろう

『イレーヌ嬢』の複製画を買ってもらい
それを『麦束を持つ少女』の紙袋に入れてもらい
私は大事に大事に持ち帰ったんだ



あのときがあって今があるのだと思う


色の記憶をたどりながら

当時の私は
今の私を知っていたのではないか


そんなことを思ったりした