千姫のひとりごと

千姫の日々の気づきや想いを「ひとりごと」として綴っています。目に留めて頂ければ、これも何かのご縁・・・

猫目線宣言

まちは、壊れていない。


壊れているのは

“見方”かもしれない。


立派な器をつくって

予算をつけて

名前をつけて


それで安心していないか。


なかみが動かなければ

それは棺と変わらない。


でもね。

猫は知っている。


看板にならない路地に

時間が眠っていることを。


車で通り過ぎる速度では

何も見えない。


歩く。

しゃがむ。

立ち止まる。


猫の高さに目線を落とすと

まちは、急に喋り出す。


ひび割れた壁は

劣化じゃない。


時間の層。


古びた家並みは

衰退じゃない。


積み重なった生活の化石。


宝物は

新しくつくるものじゃない。


もう、ある。


見つけるかどうかだけ。


猫目線で散歩しよう。


姫路に来てハッピーにゃん。

 


#ねこでん

#はりま猫伝説

#猫目線

#まちづくり再考

#播磨

― 真言の導きのもと 母を送る ―

母は 約一年前に看取りのできる

N市の施設に移っていた

 

昨年の年の瀬あたりから

少しずつ体調に変化があらわれ

食事の量が目に見えて減っていった


隔日で、朝ごはんの介助に通った

声をかけ スプーンを運び

それだけのことなのに

その時間が かけがえのないものになっていくのを感じていた


年が明け 12日 無呼吸が始まった

私と義妹と姪の三人で

自然と24時間体制になった

 


15日の夕方

「呼吸が変わった」と義妹から連絡が入る

 


下の姪 甥が先に駆けつけ

私が到着したのは17時ごろ

 


母の手を握ると

かすかに けれど確かに 握り返してくれた

 


下顎呼吸の状態で

この反応は見たことがない と

看護師でもある義妹も 甥も言った

姪が時計を見たのは17時40分ごろ

そして 17時50分頃

母は 静かに息を引き取った


その後 
かかりつけの先生が来てくださり

 

18時04分 

臨終となりました

 


水も 食べ物も受け付けなくなっての老衰

医療的な処置に頼らない

自然な旅立ちだった

 


享年九十五

大往生 という言葉が これほど似合う最期もない

 

 


施設のあるN市の斎場は混み合っており

葬儀は隣町のK市のセレモニーホールで行うことになった

 


17日に通夜

18日に告別式

 


K市は

施設に入る前

そして私の家の前に越して来る前

母が約五十年暮らした町

 


お墓も お寺さんも そこにある

 


母は

ここで弔ってほしかったのかもしれない

そんなふうに 今は思う

 


葬儀後の初七日にあわせて

二月に予定していた

弟の二十五回忌と 父の十七回忌も

まとめて勤めた

 


いろいろな「区切り」が

一度に重なった

 

 


今 母のお骨は

私の家の前にある

主のいなくなった母の家の仏壇の前にある

 


毎朝 お膳を供え

線香をあげる

 


夜になると お膳を下げ

そのご飯を 私がいただく


それが 今の私の日常

 


四十九日まで続く この毎日のお膳は

亡くなった人のため というより

残されたこちら側の

心を整えるための所作なのかもしれない

 


手を動かし

形を繰り返し

少しずつ

「いない」という現実を

身体に馴染ませていく

 


そんなことを思いながら

今日も 母を思い出し

静かに一日を終える

 

 


追記(真言宗・約束・花)

 

母は 生前 こんな話をしてくれたことがある


先に逝った弟が

「おふくろも おやじも死んだら

ちゃんと俺が真言宗で葬式を上げたるからな」

そう約束したのだと

 


母は その言葉を

どこか誇らしげに

そして安心したように話していた

 


だからだろうか

私は 迷わなかった

 


親族は十二 三人ほどの

決して大きな葬儀ではなかったけれど

きちんと祭壇を組み

みんなに呼びかけ 組み花をたくさん用意した

 


棺の中は

花で いっぱいにした

 


真言宗の作法のもと

読経の声に包まれながら

母は 約束どおり

送り出された

 


父と弟が待つ方へ

導きの手は もう揃っている

 


母は

きっと迷うことなく

無事に天へと上っていくのだと思う

 

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満93歳になる母の老衰が進み

いよいよな感じ

 

隔日くらいの朝

片道約一時間

母の居る施設に朝ごはんの介助に行っている

 

もう食べ物が口から摂りにくくなってきた

 

時間をかけて少しずつゆっくり喉を動かす

 

母も私も命が細くなっていくのを

深く受け止めることを始めている